僕はアートとはまず、「見る」ことだと思っている。
作る事や描くことは大切なことだし、人間にとって必要な行為だ。でも作る事、描くことは、よりよく見るため、見るようになるための行為で、作る事、描くことが先走りすぎると、ものとしては作り込んでよくできているが、作品に現実感が乏しくなる。
「よく見ること」により発見があり、それによって考えることがアートの始まりなのだ。
 
 普通の日常生活では、見ることよりも、まず概念でものをとらえていることがほとんどだと思う。
それも哲学的、社会学的な大きい概念ではなく、もっと自分の狭い日常の関係性から生まれてくる概念でものをとらえている気がする。それらはほとんど記号であり、あらかじめ必要な情報だけをものから読み取り、利用し、判断していく、いわゆる有用性の世界だ。
それがいけないと言うわけではなく、それが生活というもののリアルな形だろう。そんな日常生活の中で、見慣れたものが、いつもと異なった様相を見せる時がある。
(たとえば、風邪をひいているとき)一本の花が、いつも見慣れた風景が、友人の顔が、あれ!こんなだっけと、少し驚く。
身近にあったり、いたりすると、見ているつもりが実はほとんど見ていないことに気がつく。
 
一本の花をよく見てみよう。花びらを、その花弁を、その形を、色彩を、茎を、よく見ていくと、花という概念や、花の名前が徐々に消えていく。目の前にあるのは、名付けられる以前の、見たこともない不思議な形と色彩をもった物質が存在しているのに気がつくだろう。そんなように花や風景を描いた画家が、今回紹介する女性のアーチスト、ジョージア・オキーフだ。
 
オキーフは1887年に生まれ、1986年になんと99歳で亡くなった、アメリカを代表する現代画家で、その作風はあたりまえのことをやっていながら、強烈なオリジナリティに満ちている。
その後のアメリカの現代絵画に影響をあたえながらも、追従するアーチストがいない孤高の女流アーチスト。
その作品を見てみよう。➀〜➂「淡いアイリス」「ブラック・アイリス掘廖屮献礇奪・イン・ザ・プルピット掘廚論萃説明した花の作品、なんかエロチックでしょう。
写真家で夫だったアルフレッド・スティーグリッツの影響から、写真の方法である、ものを拡大し表現するクローズアップの方法を取り込み、花の有機的でメタフィジカルな存在感を感じさせる作品。でも、ただ観察し拡大して描いただけでは単なる植物図鑑にあるようなものか、インテリアとしてよくあるボタニカルアートになってしまう。
そうではなく、イマジネーションという人間の、様々なものが関係している力を駆使して表現しているので、ボタニカルアートでなく、本来のファインアート(純粋なアートという意味)なのだ。だから、そこに感じられるのは絵画の直接性である、色彩、タッチ、構図、形態を通じて、生命観や、エロスや、記憶や、その時代のアメリカ社会がもっている感情やら、様々な要素がつたわってくる。
 
つまり、花を描いていながら、実はその背後に拡がっている大きなイメージを表現しているのだ。それはオキーフが描いた他のモティーフでも同じように現れる。
 
次の作品(ぁ法崑斥曚糧壇世里△襯轡Д襯肇・ホテル」は1926年、住んでいたニューヨークのシェルトンホテルを描いたもの。摩天楼という言葉がアメリカの未来とつながって、肯定的かつ楽天的なイメージを持っていた時代。オキーフ自身もそんな大都会のイメージを楽しんでいる作品。ビルディングだけでなく、まわりの大気まで取り込んで、まるで花のようにビルディングをとらえている。
 
その後オキーフは身体を壊したり、神経症を患ったりで、アメリカ南部のニューメキシコに移り住むこととなり、その後、亡くなるまでずっと荒涼としたこの地の風景を描いていくこととなる。次の作品➄「グレーの丘陵」。
通常の風景画であれば、必ずといってもいい位、存在するはずの空がない風景画。意図的に空が入らないような構図にしたことで、風景画特有の抜けていくような気持ち良さや、見るものを遠くに連れて行ってくれるような遠近感、つまり空間がない。そのことによって、丘陵そのものに意識が向かい、その微妙な色彩の変化や、有機的な形のおもしろさがよりつたわってくる作品になっている。
つまりオキーフは風景、大地、そして地球そのものも大きな生命体、生きている花のようにとらえ、表現していることを意図しているのだろう。
花、ビルディング、丘陵、小さきものから大きなものまで、まさしくミクロコスモスからマクロコスモスまで等しくアナロジーとしてとらえる視線こそがオキーフを偉大な現代画家として評価されている大きな理由だろう。余談だが、かのレオナルド・ダ・ヴィンチも人間をミクロコスモス、地球をマクロコスモスとして考え、人間を描き、モナリザのバックの風景を描き、表現した。オキーフはその感覚をはっきりとつたえるために、クローズアップや、空がない、あるいは極端に少ない風景を描いた。そしてその感覚とは最初に書いたように「よく見ること」とつながっている。
 
最後に、オキーフの言葉を引こう。「花はどちらかというと小さいものです。誰でも花について様々なイメージをもっています、花という概念に。(中略)ある意味ではだれも実際には花を見ていないといえるでしょう。つまり、花はあまりに小さく、私たちには時間がない。見るということは時間をとるものです、友達と時間を過ごすのと同じように。(中略)だから、自分に言い聞かせたのです。見えるものを描こう。花がわたしにとって何であるかを。ただし、大きく描くのだ。見る人は驚いて時間をかけてよく見ようとするだろう。私が花に見るものを、忙しいニューヨーカーでも時間をかけて見るようにしてみせよう。」
 
オキーフは第2次世界大戦中も戦後もそのスタイルを変えることなく、自然を描き続けた。
それはニューメキシコに移住し、ニューヨークに代表されるアメリカの消費社会的価値観、文明と距離を置き、それを批判的にとらえることができたからだ。
そしてその契機となったニューメキシコはネイティブアメリカンの人達が多く暮らす土地でもあった。
オキーフが描くニューメキシコは、イギリスからの開拓者以前のアメリカ大陸、それは、ネイティブアメリカンの人たちが生きている、精霊の宿る土地をイメージさせる。
そしてその絵は時代のスタイルが変わると、色褪せて見えてくることが多いアートの世界にあっていつもその新鮮さを失わない。
 
 
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