2000年と2003年にトルコに行った。

 初回はアートフェスティバルでの円形ステージ上で音楽をかけながら即興的に絵を描いていくライブペインティング、2回目は1999年のトルコ大地震の被災地、イズミット美術館でのライブペインティイングと被災した子供に自由に絵を描いてもらうワークショップのためだった。

2回目のきっかけは初めての時、被災地を尋ねたことの体験からだったし、もともとライブペイントをするようになったのは地震直後の神戸で展覧会を開いたことがその始まりだったから、さまざまにつながって、現在に至っている。

今回紹介するイブラヒム・チフトチオールのイスタンブールにあるスタジオをたずね、話し、作品を見せてもらったのは、2000年の時だった。

イブラヒムはただ作品をつくるだけでなく自らアート関係の本の編集、出版をし、さらに様々な反政府的政治活動を続けているアーチストで、とてもとてもパワフルな人間だった。80年代には政治的集まりにおいて彼がひと声をかけると100人くらいかるく人が集まり、集会などを組織していたらしい。実際に会ってコミニケーションするとそんなことも納得してしまう。

そんな80年代、イブラヒムは政治的活動の為逮捕され1年間投獄されてしまうのだが、その時の獄中での体験から今回紹介する彼の代表作が生まれた。樹木を描いた作品4はそれ以前のもので、変化が良く分かる。ここではイメージはまだ内向的、幻想的で、よくある絵画的文法にのっとってつくっている。ようするに外の現実と自分の現実の間にまだまだ距離があり、作品が外に開いていない。ところが獄中体験以降の作品になると、生々しい現実の切り傷が作品に介入してきて、現実の痛みや、重さがはっきりと作品から伝わってくるようになる。

代表作の拷問シリーズ1は拷問を受けた人間の頭部を繰り返し描いたものだ。暴力や、悲惨さを説明的に描くのでなく荒々しいタッチや、コントラストがある色彩、あるいは包帯を連想させる布を貼り付けペイントし、その物質感を利用し、見る人間のイマジネーションに訴えかけて、強力なインパクトを与えている。

その他の作品も彼の獄中での体験に基づいている。たとえば目隠し宙吊りにされ、回りでは獰猛そうな犬がほえている作品3。あるいは蝋燭の炎を描いた作品、蝋燭も拷問の道具として使われたと聞いている。イブラヒムの作品は彼の体験や、彼のまわりで実際に起こったこと、起こされた事からなっている。ただ国家から受けた現実の暴力や、恐怖の体験を描くのに、ことさら克明に描き説明するのではなく、自分自身の単なる個人的の体験だよと、ポーンと放り投げているように見える。つまり個人的な体験を絵にしただけなのだ。

だから、イブラヒムの作品は絵画的にみてもとても美しい、作品2。リアリズムというよりはイスラム的ともいえる装飾的な感覚に満ちていて、描いている喜び、つまりは生きている喜びが色彩という快楽を通して伝わってくる。理屈のなかでは矛盾することがアートになると、その魅力を増す要因になる。それがアートの一筋縄ではいかない難しさであり、魅力なのだ。

 トルコ建国の父と呼ばれるアタツュルクは国家を近代化する時に日本の明治維新をそのモデルにしたという。現在もそのためか親日家が多い。日本人には旅行しやすい国トルコだが、現実的にはEU加盟の問題もあったり、またドイツに大量の出稼ぎ労働者を送りだしていることなど、ヨーロッパに目を向けている(一般市民は違ってるが)

そんなこともありイブラヒムの絵画スタイルもドイツ、ヨーロッパのアートのトレンドの影響を受けている。その点では日本のアートとも似ているのだが、彼らの作品の背後にはイスラムという問題があり、日本より現実の持っている過酷さが顕在化している分リアルで力強い。

そんなトルコアートもグローバル化の波が来ていて、現在のヨーロッパ、アメリカ共通のスタイルが流行のようだ。

そしてそれは同じような状況をもつメキシコにも顕在化していると言う。

いつでも固有性と普遍性の戦いがアートの魅力でもある。

最後にイブラヒムが日本来た時の言葉で終わろう。

「言えるのは、地球は小さくなりつつあって、アートやアーチストたちは大きくなりつつある、と言うことだ。」

この言葉を僕がかってに解釈すると、これからの世界は人間が全うに生きて行く事が、ますます困難になるだろう、だから人間の問題としてのアートは国や民族にかかわらず共通のものとしてますます意味があるものになって行くだろう。

経済よりもアートが世界中の人を本質的に結びつけ、解放し自由と言うものを感じさせるものだからだ。     ピース。

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